花言葉
2020年10月19日
私が20年前に出会ったのは、まだお子さんもいない仲の良い若いご夫婦でした。
御主人が癌で入院されていました。毎日昼過ぎになると奥様の運転で、ドライブに行かれるのが一番楽しいひとときでした。ある夕方ドライブの後お昼寝をされて目が覚めた時、私は急にお部屋に呼ばれました。興奮状態になっていました。
「私が人間魚雷に乗っていたんだ。知ってますか特攻隊ですよ。海の深い底にいるんです。先生。夢を見たんです。でも夢じゃなかった。ここにいる私も人間魚雷に乗っているのと同じなんです。魚雷の周りは真っ暗でひとりしか乗ってない。ここから出してくれえ、と叫んでも叩いても、どんどん前にひっぱられていくんです。」
患者さんのお話は繰り返されて1時間2時間と続きます。私は中腰の姿勢で傍にいましたが、かける言葉を失っていました。
「いいですか。私はもうすぐ魚雷で突っ込むんです。私はもうすぐ死ぬんだ。」
「先生。あんたはこれからも生きるんだ。わかりますか。」
長い長い沈黙の後、患者さんは顔をあげてゆっくり私の眼を見ました。
「先生。もういいですよ。聞いてくれてありがとう。」静かな声でした。
その方が亡くなられた後、しばらくして奥様がいらっしゃいました。胸には彼の写真を持っていました。「今彼と毎日ドライブをしていたコースを走ってきたんです。彼は興奮した後から、心が透き通っていったように感じました。付き合って結婚してからの間で、最後の彼が一番好きです。」持っていた写真は、健康な時ではなく病気で瘦せ細ったお顔のお写真でした。
勇気をもって闘ってもがいて乗り越えられた、穏かな表情でした。
天におられる方々に、エーデルワイスの花言葉「高潔な勇気」を、捧げます。