光りに包まれて 忘れられない患者さん

光りに包まれて

忘れられない患者さんがいます。 今から20年以上前です。 私はある病院で重症のホームレスの方を診ていました。戦後、結核にかかった子供たちのために建てられた病院に、ホームレスの方のための収益無しの五十人の病棟があったのです。入院された方は五日間は毎日身体を洗っても汚れと臭いが取れません。自力で歩ける方…
クッキーの理由 身体にいい食事は

クッキーの理由

私の、昼食のひとりごはんのクッキーと牛乳の写真を見た友人に「あれだけしか食べないの?私の食後のおやつ」と言われました。 確かに。時々近くでランチ定食を外食することもありましたが、コンビニで買ったサンドイッチか軽食です。 なぜ食後のおやつのような昼ご飯なのかって。 私は聖路加時代に今から20㎏太ってい…
さようなら 忘れられない患者さん

さようなら

那須の友人が雲の写真を送ってくれました。何に見える?と聞かれ、とっさに「ぎょうざ」というと「座布団1枚」と返してくれました。宇都宮だから? 20年以上前に数年間、私は宇都宮に住んでいました。そのとき、とちぎYMCAでボランティアをしていました。 栃木ホスピス運動をすすめる会、という1987年にできた…
ひとりごはん 身体にいい食事は

ひとりごはん

仕事をしてるときは、お昼ご飯がたのしみです。 チームで動いている聖路加のときは、お昼にしましょう、と声を掛け合って食堂に集まり、みんなでいろんな話をしながら戴きました。 若い医師たちとは、何か月か一日に三食を一緒に食べたような病院に缶詰だったときもありました。 ひとりでいただくときは、無言ですし、簡…
夕暮れに 忘れられない患者さん

夕暮れに

今世界中で、感染症が拡大し続けています。 医療は感染症との闘いの歴史でした。 私の父は、抗生物質ができる前に骨髄炎になり、身体障害者になりました。 そして私が幼い頃、父は医者として結核の病院をつくり患者さんを診ながら鳩の糞から薬を研究していました。私は近所の子に「うつるから近寄るな」と言われたもので…
早起き 身体にいい食事は

早起き

九州男児だった夫が、70歳を過ぎてから朝のスムージーをよく作ってくれます。 夫はそれから朝5時台に出勤します。駅まで一時間歩くらしいです。 私も、60歳を過ぎて早起きになりました。 スム-ジには果実と緑黄野菜、豆乳、オメガ3不飽和脂肪酸の亜麻仁油が入っています。 恩師日野原重明先生は30年以上、朝食…
日の出 リーダーは95歳

日の出

自宅の私の机の上には、クロウド・モネの「印象・日の出」からの絵がかけられています。 印象派の始まりのものであり普遍的であり、フランスの再生を表していると言われます。 私は、どんな時も、この絵に励まされてきました。 この絵と出会った頃から、私の医者としてのポリシーは変わりません。 それが記載されている…
八月の満月 身体にいい食事は

八月の満月

那須町に住む友人から、今夜は満月と写真が届きました。 都内の自宅ベランダからも、月の光を見ることができました。 東京のビル群の頭上に、宇宙の神秘・・・ 私も、その日の夕食に満月を頂きました。 三之助の寄席豆腐は口の中で溶けます。好物のちりめん山椒は京都のものと丸美屋のふりかけタイプ。両方美味しかった…
虹のかなた リーダーは95歳

虹のかなた

日曜の午後、雨上がりに見上げると都心のビルの間に、虹がでていました。 リーダーは95歳、の本から、もう一つの文章をご紹介します。 私が実際に経験した忘れられない出来事です。 最期に聞いた言葉    P50-51 聖路加国際病院に来る以前のホスピスの出来事である。 ある40代の白血病で入院してきた女性…
「お弁当」 リーダーは95歳

「お弁当」

「リーダーは95歳」の本の中からもう一つの文章をご紹介します。 「お弁当」   P53 -54 その四十代の女性には、小学六年の男の子と中学三年の女の子の子供がいた。夕方になるとご主人が子供さんたちをつれて親子水入らずのひと時を病院で過ごしていた。女性は余命数週間と思われたが、市丸にいつも同じ言葉を…