母が帰る時間に

1980年台、欧米のお洒落な音楽や映画がラジオで流れ始めました。思春期のYさんは英語の歌詞を暗記しました。映画は何度も見て、セリフを覚えます。そうして念願の大好きな英語を使う仕事につけました。書類や論文の翻訳を30年以上続けています。Yさんは仕事が楽しくて帰宅は夜の10時頃。夕食は同居のお母様が作ってくれ美味しくてお腹いっぱい。缶チューハイを1L。忙しいと暴飲暴食していました。
そんなYさんが、コロナ禍のなか、健診で10㎏体重が増えた事と高血圧を指摘されて、来院されました。
肥満から夜中に無呼吸になり脂質と血圧も上がっていました。Yさんは野菜先で塩分と揚げ物を減らしました。
フリーランスになり、自宅から歩ける所にレンタルオフィスを借りました。朝夕で1時間歩きます。この食事と運動でコレステロールや血圧は安定しました。
ところが、一つだけ悪くなっていく数値がありました。肝臓です。脂肪肝で特にお酒によるガンマという値が正常の10倍以上なのです。もともとお酒を飲んでも顔が紅くならず酔っぱらいません。こんな方はアルコールを分解する酵素が遺伝的に肝臓にあり数値が高くなりにくいはずです。何があったのでしょうか。
Yさんは自分一人でする作業を、一人オフィスでさらにフリーランスです。常に気を抜けません。昼間心臓がバクバクしたり時間に追われて頭がヒートアップします。終わるのは夜9-10時です。
「仕事部屋に入ったらガーっとアクセルを踏んで、夜終わったらワーッとお酒を飲んで頭を鎮めます」
缶チューハイの濃度が9%と強くなり量は2Lになっていました。これはアルコール量に計算すると144g。厚労省の女性の摂取適量は一日10ー20gですから、かなり多いです。
そんな冬のある日、80歳のお母様が腰椎の病気で動けなくなりました。それまで、町内会やボランテイアなど活発に外に出ていたお母様が、家から出られずに3か月たった頃、忘れっぽく怒りっぽくなっていました。次第に物の場所がわからない、ごみの分別ができません。認知症の診断でした。進行して要介護になりました。
お母様が出来なくなった家事を朝夕にYさんがするようになりました。食事もYさんが作ります。Yさんのお酒の度数と量はみるみるうちに減りました。半年で体重は6㎏減量し肝臓の数値はほぼ正常値に近づいたのでした。
お母様が週4日デイケアに行くので、Yさんは、まだ明るいうちに帰宅します。
「母がデイケアから帰ってくる時間には居たいので」
「今まで家を母に任せて仕事だけをしていました」
「今は家に帰ってからすることがいっぱいなので、仕事も集中して楽しいです」
Yさんが健康をとり戻す力となったのは、ずっと支えてくれたお母様への想いだったのだと、私は胸を打たれました。