居酒屋
その患者さんQさんは生粋の江戸っ子で長年大工として腕を振るってきました。健診で見つかった胃がんを手術した後、半年ごとに3回、転移による腸閉塞を起こして、食事が摂れなくなりました。
「お腹が張った痛みと吐き気を摂ってほしい、それだけですよ」と無口で投げやりでした。お薬でそれがとれると「正月は、ちょっと一杯やりたい気分になりましたよ」初めての笑顔でした。
恩師日野原先生が尋ねました。「あなたが一番したいことは何ですか」「今まで仕事が終わって仲間と一杯やるのが一番の楽しみだったんです。お互い腹の中を見せ合って飲むときの空気がね、たまらんのですよ」恩師はその場で「よくわかりますよ、ここでやっていいですよ」
翌日夜8時過ぎに、病室は居酒屋Qになりました。
病棟を訪れる男性スタッフたちは、8時になると、「あ、居酒屋開店の時間だ、ちょっとやってきます」たとえ5分であってもQさんの部屋へ行きました。
2月になっても居酒屋は続いていましたが、Qさん自身は口に含む程度なのでした。あるとき、私も訪れました。 一升びんがずらーっと並びまるで本当の居酒屋のよう。
「今日は地酒のとびきりうまいのを持ってこさせたんだ」目を細めてにこにこされています。
つまみは奥様がQさんの好物を毎日届けていました。その日のつまみは、サバの身が細かくほぐされてビニールパックに入っています。私ははっとしました。丁寧にほぐされたサバには「一口でもQさんに食べてほしい」奥様の想いが詰まっていたからです。
桜が満開の頃、居酒屋は閉店しました。Qさんは前日までいつもと同じように若い医者に杯を注いで供に過ごしていました。
自宅にある置物に、ギリシャ神話でしょうか、ワインの象徴の葡萄の房で縁取られワイン樽や饗宴のシーンがあります。人々が労働の後に心を酌み交わす時間は、いつの時代も大切なのだなと想いました。