ショートケーキ

私が幼い頃まで、実家の病院には結核の患者さんが石垣の塀で囲まれたなかで入院生活をされていました。

お母さんと一緒に生活していた同じ年頃の男の子と、よく庭でかくれんぼをしました。

色の白い優しいお姉さんとは、病室と塀の間に咲くおしろい花を摘みました。丸い実を割ると白いおしろいのようなものがあり、お姉さんは細い指で私の顔に塗ってくれました。

あるとき、いつもと同じようにお布団に寝たままの姿なのに、お姉さんは眼を開けてくれませんでした。優しいお顔は遊んだ時と同じでした。

私の誕生日には患者さんたちの夕食の配膳に、小さなショートケーキがついていました。終戦から10年ほど経った故郷には一軒の洋菓子店がありました。当時珍しかったショートケーキが、患者さんたちの夕食のデザートになりました。

私は嬉しくて、いつも遊んでもらっている患者さんのお部屋を「今日はみみちゃんの誕生日」と言って歩いてまわりました。皆さんがケーキを食べながら声をかけてくれるからです。

「おめでとう。いくつ?」

「次に一緒にケーキを食べるときはもっと大きくなってるやろうな」

あの日、にこにこと声をかけてくれた方々を、いっしょに遊んでくれた方々を、想い出します。

患者さんたちは自分のいのちがあと少ししかないと感じていたのに、私の幼いいのちの誕生日を祝ってくれました。苦しみのさなかだったのに、幼い私にいつも優しかった。

病気になると軽くても重くても、なぜ私が?何か悪いことをしただろうか?と思います。私なら、不満を訴え、人を恨むかもしれない。

そのような困難やつらさにあるはずなのに、私が出会った病気の方々は、思いやりに溢れてました。

どなたも、苦しんで耐えるほどに、やさしくなっていかれると、今気づきます。

「悲しむ人々は幸いである。その人たちは慰められる。マタイ5:4」