虹のかなた
日曜の午後、雨上がりに見上げると都心のビルの間に、虹がでていました。
リーダーは95歳、の本から、もう一つの文章をご紹介します。
私が実際に経験した忘れられない出来事です。
最期に聞いた言葉 P50-51
聖路加国際病院に来る以前のホスピスの出来事である。
ある40代の白血病で入院してきた女性には、家に帰ってこない亭主がいた。四年前に彼女が癌を発症してから、浮気をして、次第に家に帰ってこなくなった。終末期の彼女に暴力をふるい、傷が絶えなかった。財産の揉め事も絡んでいた。市丸は、その女性から事あるごとに亭主への恨み話を聞いていた。
女性は亭主に内緒で実母と実姉に連れられて入院してきた。「主人とは絶対に二度と会わない、隠れさせて」という彼女の言葉を尊重した。現代の駆け込み寺である。
やがて亭主に発覚して脅迫電話や乱暴な侵入に遭う。
ある夜、亭主が病院にやってきた。眼つきの鋭い荒くれた男である。彼女に会いたいと言う。市丸は女性に男の面会の要求を話した。
「断ってください。会いたくないのです」。彼女は面会を強く拒否した。
医師として、身体を張ってでも、患者を守らなければならない・・・と心に決めて、市丸は男に彼女の気持ちを伝えた。男は「会わせろ」の一点張り、しつこく食い下がり押し問答の末に、男の感情は昂り、罵声を浴びせはじめる。
「てめえ、なめんじゃないぞ」
怒声とともに思い切り平手打ちされて、身長が一五〇センチ余りの市丸は横倒しに吹っ飛んだ。警察を呼んで亭主はようやく引き下がったが、しばらく市丸は顔に痣が残った。
その後もスタッフは、亭主が来るたびに応対に気を遣い、患者に会わせないように必死だった。女性の強い意志だったからである。患者は寝返りを打っても鎖骨骨折するほどの状況であった。少しの暴力でも絶命する可能性を考えた。
やがて、女性にも死期が迫る。そのとき市丸は、女性の最後の願いを聞く。
「あのひとに会いたい」。女性は最後の力を振り絞るようにかすれた声で訴える。
市丸はその言葉に驚いたが、女性の望みをかなえようと、なんとか夫に連絡をとって、女性の容態を伝えた。
男が息を弾ませて病院に到着したときは、もう彼女の意識はほとんどなかった。
そこで男は、病院中に轟くような大声を彼女の耳元で上げたのである。
「○○子ぉお、きこえるかぁあ。俺がなぁあ、世界で一番愛してんのは、お前なんだよぉお」
その時の光景に市丸は眼を疑った。
意識をなくして昏睡状態になっていた女性が目を見開いて亭主を見たのだ。涙が一筋こぼれ、再び目を閉じて、間もなく息を引き取った。それからも二人はずっと手を握ったままだった。