さようなら

那須の友人が雲の写真を送ってくれました。何に見える?と聞かれ、とっさに「ぎょうざ」というと「座布団1枚」と返してくれました。宇都宮だから?
20年以上前に数年間、私は宇都宮に住んでいました。そのとき、とちぎYMCAでボランティアをしていました。
栃木ホスピス運動をすすめる会、という1987年にできた会があったのです。私は大学病院の医者だと言いませんでした。患者さんとご家族は、医者には本当の気持ちをお話できない壁があるように、大学病院で感じていたからです。
どなたも、病院で医者に言えなかったお話をされました。
「亡くなる直前まで管が何本もつるされて身体中がゴム人形のようになってもうやめてくださいと言っても聞かれず、亡くなった後身体からお布団に水がびっしょり流れてきた」
どのかたのお話も、自分の頬を叩かれている思いがしました。
そのような思いをされる患者さんやご家族がもうおひとりもいないように、はたして私はどうだろうかと振り返りながら、今も働いています。
1993年にこの会が編集した「死ぬまで生きる」に記されている谷川俊太郎さんの詩を当時の主事の方の許可を得て、ご紹介します。
さようなら
ぼくもういかなきゃなんない
すぐいかなきゃなんない
どこへいくのかわからないけれど
さくらなみきのしたをとおって
おおどおりをしんごうでわたって
いつもながめているやまをめじるしに
ひとりでいかなきゃなんない
どうしてなのかしらないけど
おかあさんごめんなさい
おとうさんにやさしくしてあげて
ぼくすききらいいわずになんでもたべる
ほんもいまよりたくさんよむとおもう
よるになったらほしをみる
ひるはいろんなひととはなしをする
そしてきっといちばんすきなものをみつける
みつけたらしぬまでいきる
だからさびしくないよ
ぼくもういかなきゃなんない(詩集はだかより)