あるノート
2020年11月2日
その73歳の男性は治らない癌のために気管切開をして声をだすのが困難でした。私は毎日ノートに筆談をして会話をしました。当時の許可を得て、筆談をご紹介します。
入院1か月目。「苦しい」「牢獄だ」「一日中何に向かっていきているのか」「24時間暗黒の中で生きられない」「これ以上苦しめるのはやめて」「どうしてこうなったんだ」「ビールを飲みたい」「仕事はやる気が全くないので断ってくれ」
入院2か月目。「毎日つらい」「どうしてここにいるのか」「家に帰りたい」「いつ治るのか」「息子と話をしたい」「仕事をしたいのでスケジュールをおいてください」
入院3か月目。「痛いところなし」「散歩したい」「今治りつつあるのか」「普通の生活に戻りたい」「息子を呼んで」「好調です、愉快」「何年ぐらい生きられるか」「長生きしすぎた」「うまくいってる方だ」「カタログ出して」「収支計画作って」
入院4か月目。「立ちたい」「家内を呼んで」「家に帰りたい」「買い物をしたい」「命を拾った」「安心してよい」「息子も安心です」「きつい仕事はするな」「決定します」「よろしく頼む」
そのまま、静かに息を引き取られました。
このかたを支えたものはやはり愛だったのだ、と想い出しています。
グスタフ・クリムト作「寓話とエンブレム」の内<愛>1895年